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どこにもない場所


あの曲がりくねった道の側には木々が生い茂っていました。私は、その道を通るのが嫌いでは

ありませんでした。陽光に照らされた新緑の輝き、紅く染まる木の葉の色合い、幹と枝だけに

なった冬の灰色。雨に濡れた蜘蛛の巣の上で光る水滴。その道を通るたび、季節や天候に応

じた発見があったのですが、最近はそこを通る機会がめっきりと減りました。書きたいと思うこと

が見つからなくなったのです。たびたび訪れて踏み荒らしてしまった庭のように、私は、想像力

を喚起する、一つの空間をうしなったのでした。新しい切り口を見つけないかぎり、その道に

触発されて何かを書くことはないでしょう。私は時間を遡ります。そして、かつて行ったことのあ

る場所のことを考えます。そこは実在する空間なのですが、記憶のなかではやや理想化され

ていて、存在しない場所でもあります。あるいは、ただの抽象的な言葉や枠組みのことを考え

ます。そのどこにもないものたちが、束の間の休息と、何かを書くきっかけを与えてくれます。
by aphorismes | 2009-02-17 22:57
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