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旅・憧憬


人間を旅に赴かせてきたのは何だろう。それは知人宅の応接間に飾られた土産物であるかも

しれず、好きな小説や紀行文であるかもしれない。あるいはテレビ番組の映像がきっかけか

もしれない。旅行番組だけではない。犯人と探偵が風光明媚な観光地で対話を試みた後、

謎が解き明かされるミステリードラマもあるのだから。あるいは、それはテレビの映像ではな

く、単に待合室に置かれていた雑誌の特集であるかもしれない。ともあれ、何かのきっかけで

旅へと向かった人が赴く先には、既に見たことのある場所が含まれている。本物の風景に出

会ったというのに、見たことのある映像と同じであることに私たちは安心する。現地の人びとと

交流を深めるというわけでもなく、かつて見た写真のような写真を撮る。旅行における現実と

複製の転倒?いや、こうした発想それ自体、様々な形で引用され、繰り返され、再生産されてき

たものかもしれない。ここで考えてみたいのは、今日、若者を旅に赴かせる契機になりうるも

のである。ある場合には、それはブログで見かけた写真と日記であるかもしれないし、動画共

有サイトの映像であるかもしれない。あるいはそれはflickrで見つけた写真であるかもしれな

いし、ウェブ上の雑誌の写真、あるいは携帯電話でみた紅葉の写真かもしれない。さて、かつ

て遠隔地への憧れを喚起した写真の多くは写真家の写真であったはずである。しかるに、今

日、ブログで公開されている写真といえば、素人の写真が殆どである。素人の写真が異国へ

の憧れを掻き立てるという可能性が、これまでなかったわけではない。知人に写真を見せても

らったり、知人から遠くの街を撮った写真つきの葉書が送られてきたりして、羨ましく思うことは

昔からあるが、ブログで公開される写真の場合、相手と直接的な面識はない。写真と出合う

きっかけは、「行って来た」という興奮した知人の言葉ではもはやない。後に、文字を通して対

話が交わされるかもしれないが、キーワードの検索やリンクを辿るといった行為を通じて人は

ブログや写真と出合うのである。ネット上には、素人が気軽に撮った写真が、そして写真に関

する私的なコメントがある。写真にしても、文章にしても、選び抜かれたものでは必ずしもな

い。このような時代において、遠隔地への憧れはどこに向っていくのだろう。
by aphorismes | 2008-12-07 22:04
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