虫さされではないですね、と静かに医師が告げた時、男はにわかには信じられないといった風 だった。痒さや紅い斑点が、数週間、彼を悩ませ続けたのは、彼自身が実際に体験したことで あった。男は、そうした患者の実感が、今まさに、観察する医師によって否定されたような気が したのである。しかしながら、そう考えてみれば、薬を塗っても治癒に至らなかったことを説明 できるような気もするのであった。あの日、毛布にくるまった後、至る所を虫に刺されたのは否 定しようもないことである。そして、その斑点は、虫さされに後続する出来事として生み出され た。とりわけ、痒さを伴う点で、虫さされの症状と類似した印であるかのように、男には思われ た。しかし、様々な症状についての医学的な分類規則からすれば、その後の症状は、虫さされ を意味するものではなかった。してみれば、男は、症状や皮膚に関する表面的な類似から、そ の意味や対応する対処法等を読み取っていたことになる。その症状が落ち着いた今、彼は、 回顧とともに、奇妙なことを夢想する。もし、外部データを交換することのできる電子辞書のよ うな仕組みが脳に備わっており、もし、医学事典を結合することができたなら、あの症状を自 分はどのように読んでいただろうかと。きっと、その症状に違う呼称を与え、異なる対処法を想 起したに違いない。解釈が対処法と結びつく以上、身体の症状も、異なるものとなったに違い ない。いや、問題は、分類規則にとどまらない。観察の訓練も重要なはずである。この時、男 は、スキャナーで読み取られた、誤字だらけの文字列を想起していた。症状について考えてい るうちに、お得意の夢想癖が始まっていた。
by aphorismes
| 2008-11-24 23:40
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本の中の気になる一節。下手の横好きで撮った写真。古いものに惹かれるのですが、ひょんなことから、このページをたち上げました。
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