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旅支度


年末の大掃除を一応おえて、気がつけば旅支度を始める時がきておりました。旅行にもって

いくものは、概ね、決まっているわけですし、行き先も良く知っている場所です。慣れてみれば

準備はそれほど大変なものではありません。ただ気になったのは、年末年始における旅の意

味です。旅は、生活の場所から離れ、短期間、非日常的な空間で滞在することです。年末年

始が通常とは違う時間だとすれば、年末年始に旅をすることは、時間のみならず空間的にも

非日常的なものに接する機会となりそうです。今年の正月は、そして年末年始の旅はどんな

ものになるのだろうか。そんなことを考えているうちに、出発の時間がきたようです。
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by aphorismes | 2008-12-31 14:27

曇り空


一年を振り返り、来年に思いを馳せるつもりだったのですが、ここのところ、仕事のペースが落

ちています。早くも、こんなはずではなかったなどと思い始めている始末。ゆったり大局を見る

より、微かな焦燥感にかられるようにもなっています。目下の最大課題は、御多分に洩れず、

大掃除といったところでしょうか。年末は、過ぎ去った出来事について再考し、来年に思いを馳

せる時期だと考えていた私も、身近で具体的な、あれやこれやの事物に関して、整理整頓と

いう課題に直面しています。もう数十回も、年末を迎えているというのに、どういうわけか、対照

的な課題が同じ時期に訪れるということが、不思議に感じられてくるのです。
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by aphorismes | 2008-12-30 08:01

かみわざ


旅先で訪れた美術館で展示を見終わった後、ミュージアム・ショップに立ち寄りました。分厚い

図録や画集、美術書等に混じって、小さなノートが置かれていました。アルファベットの書き方

練習帳といったところでしょうか。姿勢やペンの持ち方から始まり、太字や細字で書くべき箇

所、文字のバランス、多様な字体など、書き方を体系的に説明した練習帳でした。手本の文

字を見ていると、線や曲線を揃えれば、ここまで綺麗に書けるのだ、と驚嘆しました。今年

は、万年筆で練習を、と思っていたのですが、実際には実行することもなく、一年の終わりに近

づきました。先日、手紙を書くため、久しぶりに万年筆を使おうとすると、インクは乾燥していま

した。新しいカートリッジを使って文字を書こうとするのですが、時々、インクがでない時があり

ました。さらさらとは書けません。その後、万年筆用の紙を購入。万年筆は、紙の上を滑るよう

になめらかに動きます。そして、インクの色も鮮やかな青色を湛えたまま、変色することがない

ようでした。 といっても、文字が急に上手くかけるようになるわけではないのですが、軽快な書

き味という点では、紙の効果を実感することができたのです。
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by aphorismes | 2008-12-29 18:08

「美しい」



美しい写真集。


どのページにも、美しい風景が広がっています。しかし、私は、その美しさゆえ、心に残らない

という印象を持ちました。あまりの美しさのため、リアリティが感じられなかったのでしょうか。


あるいは、むしろ、そのような印象は、心の余裕といったものが、私になかったことに由来して

いたのかもしれません。


別の写真集を見ていると、どのページにも、やはり美しい風景が広がっていました。緑色をし

た高原の村、山道を歩く修道僧の姿、渓谷を流れる河、広大な雪山と動物たち。しかし、そ

の写真集の場合は、それぞれの写真にリアリティが感じられたのです。


「美しい」。この同じ言葉を使ったとしても、夢幻的な淡いイメージにとどまるような美しさもあ

れば、何か手触りの感じられるような、そんな美しさもあるのだと、写真集は、そんなことを私

に考えさせました。
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by aphorismes | 2008-12-26 20:27

ならべるくらべるかんがえる


その定食屋にいくと、大抵、テレビがついているのですが、引き込まれることもあれば、他のこ

とを考える時もあるのです。何かのきっかけで、テレビの声に耳を傾けると、どれも悲しい話ば

かりなのでした。こんなエピソードを聴いた後で、話をしなければならないのは、さぞかし大変

なことだろう、そう思いながら聴いているのですが、次々に新しい人が現れて、辛い話をしてい

くのです。それぞれの話を聞いている間は、話に没入するわけですが、いざ、別の話に切り替

わると、こちらの頭も切り替わってしまうのです。悲しい話を聴けば聴くほど、落ち込んでいくと

いうよりも、むしろ何が何だかわからなくなっていくようでした。その後、コンビニにいって雑誌

のコーナーを眺めていると、流行をランキング形式で紹介する本が棚にありました。多くのもの

をずらりと並べ、比較をすることは、突出したものを見つけ易くする便利な仕掛けではありま

しょう。ただ、あるものを並べて比較することは、それぞれのものに固有な何かものかを相対

化して消し去ることでもあるのだと、そんなことも考えたのです。
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by aphorismes | 2008-12-25 22:45

収穫祭



暗くなってから、ちょっと調べものでもと考えて、図書館にいきました。そこは、人影もまばら

で、静謐な空間となっていました。賑わっているのは、きっと、他の場所なのでしょう。


雑誌のコーナーにぶらり立ち寄り、雑誌の特集記事等に目を通します。久しぶりに来たせい

か、色々な雑誌が気になりました。来年の経済予測に関する記事、コンピュータ業界の動向

等。他方、2008年に刊行された本に関して、今年の収穫をまとめた記事もありました。さらに

は、注目すべき芸術書を案内する文章など。


どれも、あぁ、面白そうだと思いながら読むのですが、一度に、大量の情報に接したせいか、

洪水の中に投げ込まれたような気分になります。それぞれの文章は大事なことが書かれてい

るはずですが、凝縮した情報が溢れるこの時期、それらを上手く吸収できる自信が、私にはあ

りません。


そのため、各分野での来年の予測記事、あるいは、各分野におけるこの一年の収穫に関する

記事それ自体を比較・展望するような、そんな文章はないものか、と勝手なことを考えます。


一般的に重要と評価されたものをチェックすることは、見逃していた何かを発見する好機であ

ります。しかし、それだけに夢中になってしまうと、自分の課題に取り組む機会が失われるよう

な気もします。深部における時代の動向と個人の志向。その双方を考慮しながら、普段の仕

事や生活を、いつもとは違う視点で考える、そんな日々が始まろうとしています。
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by aphorismes | 2008-12-24 21:36

年末念視


瞳を閉じて横になると、つい年末のことを考え始め、やれ昨年はどうだったとか、さて今年の年

末はどうしようなどと、過去や未来の年末のイメージが、脳裏をかすめる時期になりました。赤

い本を買って読んでいたのは、たしか昨年末のこと。あの頃は、よく抹茶を飲んでいたような

気がします。正月は天気がよく、あちらこちらを散歩したはず。鳥の声が反響する渓谷、崩れ

かかった土の壁、人で賑わう神社の境内。抹茶ラテの泡を飲み干した後に願うのは、やはり年

末年始の快晴のこと。他方で想像されるのは、部屋の整理や仕事にいそしむ自分の姿。去る

年と来る年に思いを馳せる年末年始を迎える前に、ここ数年来の年末年始の過ごし方が思い

出されてくるようです。
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by aphorismes | 2008-12-23 18:59

「読書」と「読むこと」



「読書」と「読むこと」。見たところ、両者は、似ているような気がするのですが、守備範囲が違う

ような気もします。「読書」の場合、その対象は書物であるのに対して、「読むこと」の場合に

は、たとえ「文字」を読むことに限定したとしても、対象はかなり漠然としているような気がする

のです。一方で、「読書」は、書物を読むことであるのだから、それは自明な行為であると考え

るのは性急に過ぎるように思われます。ある人の読書の対象は、手で書きうつされた写本だっ

たかもしれず、音読による読書だったかもしれません。声をあげて本を読み上げている人の

周囲には、朗読を聞いている集団がいたかもしれません。「読書」の世界は、一見、自明なよう

で、多様性を持っています。他方、様々なものを対象としうる「読むこと」の領域は、対象の広

大さによって人を困惑させます。室内の棚に並べられた書物はいうまでもなく、街頭にある看

板、ポスター、さらには前を歩く人が着ている洋服のロゴまでもが、「読むこと」の対象となりえ

ます。写真集のタイトルであれ、映画館の字幕であれ、テレビの語学番組のなかの外国語の

文章であれ、さらに、ウェブ・サイト上の文字列が「読むことの」対象になるのだと考えてみれ

ば、やはり、「読書」と「読むこと」のずれは小さくないという気もしてきます。現代は、「読むこと」

の対象領域が拡大している時代なのかもしれません。それには、きっと、新しい「読むこと」の

出現が伴っているような気がします。
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by aphorismes | 2008-12-22 23:34

地層


大昔のこと、山の方に歩いていくと、地層が剥き出しになっている場所がありました。横を見れ

ば、同じ色をした土が層をなして広がり、縦を見れば、土は、異なる色合いへと変わってい

く、そんな風だったと思います。記録する者もいないというのに、地質の変化が自然のうちに刻

まれていき、その痕跡は、遥かな時をこえ、昔の様子を現代に伝えます。もちろん、今更、驚く

ようなことではありません。しかし、それでもやはり、褶曲した地質が露出している場所で、多

様な色の地層を見た時などは、きっと何かを感じるような気がします。多くのことが変わりつつ

あるこの一年。将来、誰かが2008年を回顧した時、人はそこに何を見るのでしょうか。
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by aphorismes | 2008-12-19 22:08

日記の書き方


昔のことですが、日記とはどのように書くものかと思いながら、ある人が日記について記した文

章を読んだことがあります。なかでも、死を意識して書かれた日記が賞賛されていた点は印

象に残りました。仮に日記の技法のようなものであれば、模倣することも可能であったことで

しょう。しかし、死の意識という、精神の深い領域に関わることであれば、表面的な模倣など不

可能です。上手く日記を書く秘訣を求めてその文章を読んだ私は、むしろ技術論を超えたと

ころに日記の極意があるという主張に接することになったのです。その後、同じ著者の記した

日記を読んだのですが、印象に残ったのは、華やかな交友録。意外なことではありました。し

かし、ある日を境に日記が途切れてしまうのです。その時、ぷっつりという音がしたような気が

しました。後は静寂。深夜、独りで読書をしていた私は、日記に関する彼の持論を思い出して

いました。
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by aphorismes | 2008-12-18 22:10