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麻酔


事のおこりは、お餅を食べていた時でした。といっても、のどに詰まったわけではなく、詰物が

取れてしまったのでした。


正月明けの週末のこと、すぐに治療をしてもらえたのはむしろ幸運だったのでしょう。しかし、

それから様々な虫歯が見付かって、治療のため早くも一月以上の時間が経ちました。


とはいえ、麻酔の注射はちくりとする程度ですし、歯を削ってもさほど痛みはありません。起き

上がる時、腰が痛くなったことが一度ありましたが、今ではその痛みもなくなりました。しか

し、先日、麻酔が効きすぎた時はちょっと戸惑ってしまったのです。


うがいをして水を吐き出す際、口がしびれているため、あらぬ方向へ水が飛んでいくのです。

我ながら、奇妙な感じでした。


しばらくして食事をしたのですが、ご飯を上手く噛むことができませんでした。もちろん、麻酔

のせいであることは承知していたわけですが、思い通りに体を動かすことができず、一瞬、愕

然としてしまったのでした。
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by aphorismes | 2008-02-29 21:06

偶然


ある日、荷物が届けられました。一体、何だろう。若干、期待しながら包み紙をあけると、見た

ことのある物が出てきました。同じ商品が余分に送られてきたのでした。


早速、電話で問い合わせたところ、担当者は不在。事情を説明するうち、12月にもこんなこと

があったなどと、思わず余計なことを言ってしまいます。


電話で対応された方は、同じ物が二つ送られたことと直接的な関係はないはずです。しかし、

それでも社外からの電話に、冷静に対応されていました。返送先の住所を確認する頃には、

私の方も気を取り直していました。


その後、商品を返送するためコンビニに向かいます。店内では、爽やかな店員の声が響いて

いました。時間帯が違うせいか、普段はあまり会うこともないのですが、以前、返送しに来た際

も彼がいたことをふと思い出し、この小さな偶然に、私は笑みを浮かべました。
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by aphorismes | 2008-02-28 21:28

ただ、ぱちぱちぱちという音だけが


薄く軽いノート・パソコンが当たり前の時代になったので、昔のコンピュータが巨大だったという

話を聞くと、そんな昔から使っていたのかと関心してもよいはずなのに、むしろ唖然としてし

まったことがあります。


もっとも、そろばんをやっていたと聞いて、にっこり笑みを浮かべた知人の顔も忘れることはで

きません。


小学生の頃だったのですが、いつの間にかそろばん塾に通うようになっていました。きっと友だ

ちに誘われたからでしょう。実際、思い出すのは、塾が終わって遊んだことが中心です。


もちろん、それだけではなく、計算の答えがあったときの爽快感もあって続けたのだと思いま

す。しかし、それ以上に印象的なことがあります。数字を見つめながら延々とそろばんの珠を

はじいていると、やがて無心になる瞬間が訪れるのです。


ただ、ぱちぱちぱちという音だけが響いていました。
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by aphorismes | 2008-02-27 23:21

仕事のうた

さっきまで

朝だとばかり思ってて


昼食をとり 

ふと気がつけば夕刻になり

もう半日が 過ぎている


普段とは

時間の速度が

違う


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by aphorismes | 2008-02-26 22:51

待合室の声


「ガリ」。

ははぁ、またやってしまったらしい。昼食をとっている時のこと、確かめてみると案の定、食べ

物のなかから歯のかけらが出てきました。


痛みこそなかったものの、このままではいやなので、歯科医に予約の電話をかけました。


夕刻、歯科医院の待合室に行ってみると、小さな子供たちが座っていました。しばらくすると、

本を朗読する声が聞こえてきます。


声のする方向を見ると、一人の子供が本を読み上げている最中でした。隣には兄弟たちが

座っているのですが、別段、兄弟に読み聞かせているわけではなく、ただ自分のために音読し

ているようでした。


子供を育てたことのない私はふと考えます。この子供は、普段から音読が習慣になっているの

だろうか、また、黙読が中心になるのはいつ頃のことだろうか、と。そうこうするうちに、治療を

終えた父親が現れ、子供たちは皆いってしまいました。
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by aphorismes | 2008-02-25 21:04

懐炉

先日、外でお店を眺めていたら、急に腰が痛くなり、思わずしゃがみこんでしまいました。恐る恐

る立ち上がるのですが、やはりまたしゃがみこみます。それが幾度かありました。


長時間、屋外を歩いたせいか、体が冷たくなっていたのです。さっきのコンビニでカイロを買お

う、そう思い立ち、私は恐る恐る歩いていきました。


カイロを買った私は、それを背中に貼り付けました。しばらくすると、カイロは発熱し始め、腰の

痛みもしだいに消えていきました。


カイロといえば、幼少のころに見た、金属製の小さな容器を思い出します。すこし、特有の臭い

がしました。しかし、そのうち新種のカイロが現れて、金属製のカイロを見ることもなくなりまし

た。


先日のコンビニでは、くつ用のカイロなども置かれていました。仕事で長時間、屋外にいなけれ

ばならない方が利用するのでしょうか。これからも、また、新しいカイロが生まれるのでしょうか。


もっとも、体をあたためるために懐中するものはかなり昔から存在しており、金属以前には石が

使われていたようです。そんなことを考えると、現代のカイロにいたる変遷、そしてどんな人がい

かなる状況で使っていたのかなど、色々と興味がわいてくるのです。


付記

若干、修正しました。
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by aphorismes | 2008-02-23 20:38

残骸の場所


その車は、これ以上は無理というくらいに、上から押しつぶされているようでした。おそらく、圧

縮されているのは一台や二台ではないのかもしれません。そこには途方も無い力が加えられ

ているようでした。


その時、わたしは、美術館の一階にいて、巨大な車の残骸を眺めているところでした。


同じ残骸が、もしどこかの空き地に置かれていたら、これほど凝視することもなかったでしょ

う。しかし、美術館におかれることで、残骸の意味が変わります。腕を組んで考えながら、残骸

を凝視する人が現れます。


製糸工場で稼動している機械を長々と撮ったシーンのある古い映画を見たことがあります。当

時は、まだ機械が輝いて見えたのかもしれません。そして、いつの間にか、機械の残骸を凝

視させるような作品も現れたということでしょうか。


それにしても、あの残骸が、一階のホールに置かれた理由が気になります。最初に残骸を見

せることでインパクトを与えようとしているのかもしれません。しかし、あまりに重いため二階に

運ぶことが困難という事情もあるように思われました。
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by aphorismes | 2008-02-22 23:05

街路のテント


ある晴れの日。旅先で大通りを歩いていると、出店らしきものが並んでいました。たしか、日用

品や骨董品などが売られていたような気がします。


そんな出店にまじって、一つのテントが張られていました。といっても、大人が入れるようなサ

イズではありません。犬や猫であれば入れるかもしれない、そんな小さなテントでした。


テントは開け放たれており、通行人が中を見られるようになっています。正面には小さな映写

機が置かれており、テントの内側に光線が投影されているのでした。


眩しい陽光のせいか、何が映っているのかはっきりわからず、私は足早に通り過ぎました。今

思えば、画廊や美術館のスクリーンではなく、人の行き交う通りにおかれたテントの内側に、何

かが投影されることそれ自体について、立ち止まって考えてもよかったような気がします。
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by aphorismes | 2008-02-21 20:49

待ち時間


館内をじっくり眺めたあと、やや疲れていた私は、広間に置かれた椅子に腰を下ろしたのでし

た。


それはある日の午後のこと。大きな窓から射し込んだ陽光によってその空間全体が照らされ

ていました。


そこを初めて訪れた知人は時間を忘れているようでした。私は三度目でもあるし、また一人で

なければ集中できないたちでもあるので、座って知人を待つことにしたのです。


前方に目をやると、ある場所が虹色に染まっているのが見えました。晴れた日のある時刻に、

何かがプリズムの役目を果たし、時折、このような現象が起こるのかもしれません。そういえ

ば、以前、窓際で本を読んでいたとき、白いはずの紙の一部が、青や赤や紫色に染まってい

た、そんなことが思い出されてくるのでした。
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by aphorismes | 2008-02-20 23:33

記念写真


もうすぐ卒業して離ればなれになることでもあるのだし、ここは一つ写真を撮ろうということに

なりました。男はカメラ片手に、友人たちに話しかけながら、皆が笑った瞬間に、パシャリと

シャッターを切ったのでした。


その後、別の男が写真を撮ることに。ところが彼は皆に話しかけることもなく、よくある合図

をしてシャッターを切ったのです。


デジタル・カメラなど無い時代のこと、フィルムを現像してもらったあと、二つの写真を眺めて

みると、前者には皆の微笑が定着されている一方、後者には、いささか緊張した顔の面々が写

されていたのでした。


両方の写真に写った人物もいたのですが、しかし、その表情は同じ人間とは思えないほど異

なるものでした。写真を撮るときの一言がカメラを前にした硬い表情をほぐすということを、そ

れは例証しているようでした。


写真の中の表情を眺めていると、撮られたときの状況、そして撮る者と撮られる者との人間関

係など、直接的には写っていない事柄が、間接的な形で刻印されることがあるように思われま

す。


他方、事情を知らない者が写真を見ると、フレーム外の事象が写真に残した痕跡は、関係か

ら切り離され、被写体固有のものに還元される、そんなこともあるような気がします。
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by aphorismes | 2008-02-19 20:09