<   2007年 04月 ( 7 )   > この月の画像一覧

辺境にて

「急変する時代とは、ふたつの文化にまたがる時代であり、相克する技術が併存するフロンティ

アのうえにある時代である。…… 今日われわれは五世紀間にわたって続いた機械装置の時代

と新しい電子時代、そして均質性の強調と同時共存性が境を接する場所に住んでいる。これ

はわれわれにとってつらい経験でもあるが、また多くの実りをもたらしてくれる経験でもあ

る。」(M.マクルーハン、森 常治訳『グーテンベルクの銀河系 活字人間の形成』みすず書房、

1986年。原書初版は1962年刊行)


付記

説明不足と思われますので、上記の文章を引用するにいたった経緯を簡単に説明させていた

だきます。この主題を選択したきっかけは、更新の数日前にまで遡ります。ある日、「異文化接

触」について考える機会がございました(詳しく覚えていませんが、とにかく、この言葉が記憶

に残っています)。その後、マクルーハンの書物を再読し、メディアの雑種化や異種交配に関

する文章が気になるようになりました*。彼に対しては様々な批判がございますし、引用した文

章は40年以上も前に書かれたものなのですが、他方では、異なるメディアの併存に関する彼

の文章を、現代において、どう捉えれば良いのだろうかと考えるようにもなりました。引用した

文章は、考察の対象と考えていただければ幸いです。特に急用などがなかったので、いつも

通り、金曜日にブログを更新いたしました。私の説明不足のため、ご迷惑をおかけした方もい

らっしゃるかもしれません。誠に申し訳ございませんでした。



*かなり文脈が異なるのですが、個人的にはこんなことを感じています。

一定の期間、小規模のブログを続けているうちに、自己流の習慣ができあがっていたようで

す。しかし、多くの方にブログを見ていただくことで、自分では意識しなかった点に気がつくと

いう経験をさせていただいています。

ただし、私自身の力不足などもあり、ご指摘をうまくいかせないことも多々ありますし、また、緊

張などで以前のようには更新できないこともあります。この数ヶ月、誤解されない文を選ぶの

は困難だと痛感しました。人によって、その日の出来事によって、受け取り方が変わってきま

す。読者が多くなればなるほど、誤解される可能性も増大するのでしょうか(個人的には、自

分の拙い説明文などない方が簡潔で好きなのですが、説明の少なさが、時に、誤解を招くこ

ともあるようです)。このような問題を意識しつつも、まだ、うまく対応することができないでいま

す。しばらく、模索の時期が続くのでしょうか。

(上記の付記ですが、投稿後、大幅な加筆や修正を行っています。 5月2日 2時30分)


付記(2007年5月3日)

同じ文でも,どの文の後に置かれるかによって読まれ方が変わります.更新の数日前から主題

を決め,いつもの曜日に更新したのですが,違う内容の方がよかったようです(これは当方の問

題です).うつ気味の人間に,自分の成功を望む余裕はございません*.


4月のアクセス数は376でした.もっとも,数字に表れない要素があり,ブログの運営は容易で

はございません.ただ,やり残したことがございますので,今しばらくは,このブログを続けてい

ければと思っています.


なお,特定のイシューをめぐって異質なものが連携することはあってもよいのではないか.

これは,漠然とではありますが,以前から考えていたことです.



注:上記の文章,全体的に何回か書き直しています.また,*の部分ですが,気分の浮き沈み

がありますので少し書き直しました(そもそも,こんなことを望むには,高度な能力が必要になり

るでしょう...)

あと,マクルーハンの本から文章を探したときは,ざっと読み直してから該当の箇所を選びまし

た(一度,お試しになれば,どのようなことを考える精神状態になるか,おわかりになると思いま

す).そして,最後になりますが,ご迷惑をおかけした方々,改めて,すみませんでした.事情を

知らず,また想像力も乏しかったようです.(2007年5月4日).
[PR]
by aphorismes | 2007-04-27 23:03 | [箴言] Aphorismes

日記 

読書。

ノーマ・フィールド『天皇の逝く国で』

ヴァルター・ベンヤミン『暴力批判論 他十篇』他。

曇り空の日。
[PR]
by aphorismes | 2007-04-20 20:43 | 読書ノート

夢における記憶

「知り合いの音楽家があるとき夢の中でメロディーを聴いて、これはまったく新しいものだと

思った。何年も経ってから、彼は古い楽譜集の中にこれと同じメロディーが書かれているのを

見いだした。」(新宮一成訳『フロイト全集4』岩波書店、2007年)


付記
ヴァシードからフロイトが引用している箇所を孫引きしています.

 
[PR]
by aphorismes | 2007-04-20 20:42 | [資料集] 記憶 mémoires

日記(先週末)

金曜日:

夕刻、遠方より友人が来ました。仕事の話が主な目的だったよう。その後、食事をしている

と、彼も「いじめ」論に関心を持っていることが判明。ちょうど、このテーマに関する重要論文集*

を読んでいるところだったので、長時間議論しました(ちなみに、当方の本棚では、ハッキング

の本**の隣に、この本を置いています)。

  *広田照幸監修、伊藤茂樹編著

  『リーディングス 日本の教育と社会 第8巻 いじめ・不登校』日本図書センター、2007年。

  **イアン・ハッキング、出口康夫/久米暁訳

  『何が社会的に構成されるのか』岩波書店、2006年。


土曜日:

動悸、息切れ、喉の渇きが続いています。軽い症状ですが、念のため、午前中は総合病院で

検査をしてもらう予定でした。しかし、起床後、悪寒と関節痛に気がつき、予定を変更。結局、

近くの病院に行きました。また、ブログ更新のため、先週から準備していた文章は使えないと

判断。社会情勢からみて誤解されない時期まで取って置くことにしました。こうした事態に備え

て、沢山のストックが必要だと、今更ながら、感じています。そして、このブログには新しい形

式も必要なのでしょう。


日曜日:

ブログ更新のため、ほぼ一日中、読書や調べものをしました。複数の候補を見つけ、誤字脱

字がないか、確認作業までしましたが、結局、興味深く、誤解されない文章がありません。

時間切れとなり、本来は使わないつもりだった文章を引用。

やはり良くなかった模様。



付記
若干、文章を修正しました。
[PR]
by aphorismes | 2007-04-16 22:59

お知らせ

「風刺動画の光と影」の末尾に関連文書のリンクをつけました。

文書が散らばっておりますので、今後、訪ねてこられる方むけのものです。

また、同じ理由から、いくつかの文書に「風刺動画の光と影」へのリンクをつけました。
[PR]
by aphorismes | 2007-04-01 22:57

近所の知人のウェブサイト

深夜に投稿した下記の文章ですが、すこし、書き足しました。

ところで、話題が急変して恐縮なのですが、

先ほど、近所にすむ知人のウェブ・サイトを

みていたら、奇妙なトラックバックを発見。

用心のためサイトを訪れてはいませんが、文字で内容が想像できました。

勝手に色々と送られてくる時代ですので、多忙で放置しておくと、

時々、こんなことが生じるようです。

おせっかいかしれませんが、一応、知人にメールを送っておきました。

(こんなことを書くと、他人のことを心配している場合かと叱られそうですが...)


付記(4月2日)

後日談です.

念のため,「お知らせ」のメールを送ったところ,その後,削除したとのことでした.
[PR]
by aphorismes | 2007-04-01 20:24

風刺動画の光と影

風刺は一つの批判のあり方で,ユーモアや皮肉が込められている点に特徴があるのだと思い

ます.もっとも,一口に「風刺」といっても,時代の<風潮>に対する風刺や<人物>に対する

風刺など,対象は様々でしょう.ところで,私が取り上げたのは強者に対する風刺に限られま

す.しかし,悲しいことですが,弱者に対するからかいも,この世界には存在します.弱者に対

する過度の風刺やからかいは,避けるべきものです.親しみを込めた,軽い気持ちによる行為

でも,力関係の差が予想外の帰結を生み出すかもしれません.では,強者への風刺に問題は

ないのでしょうか.これまであえて言及しませんでしたが,強者に対する風刺の中にマイノリティ

への偏見が含まれていた場合もあります.弱者への風刺はいうまでもなく,強者への風刺にも

影が付きまとっているのでしょう.


風刺には,言葉や絵など,多様な媒体が考えられます.とくに動画の場合,それを制作するに

は一定の情報機器や操作能力も必要となります.誰もが反射的に真似できるというよりも,一

定の条件のもとで時間をかけて作られるものと思われます.にもかかわらず,すでに動画によ

る風刺が国境をこえて制作され,流通しています.職業的制約の中で作業するプロのつくった

風刺漫画とは異なり,動画共有サイトにおける風刺動画の場合,主な制作者は匿名のアマチュ

アと思われます.かつては与えられるだけであった映像を,人々が与え返す――この社会現象

には,アマチュアによる制作に伴う問題が含まれています.弱者をからかう動画があるのなら,

それが非難されるべきなのは,いうまでもありません.気がかりなのは,強者に対する風刺動

画が,弱者をからかう風刺動画のモデルとなってしまう危険性です.風刺動画といじめの因果

関係について書かれた書物を私は知りません.しかし,通説ができてから対応したのでは手遅

れになることもあります.こうした懸念は,実現してしまうよりも杞憂になるべきものでしょう.風

刺動画の流行が否定的な帰結を連鎖的に生み出すことを防ぐには,それについて何を語り,い

かに論じるべきなのか,そんなことを考えるようになったのです.

もっとも,すべての風刺動画やそれに関する記述を禁ずることは,表現の自由に関する問題を

引き起こすという見方が考えられます.また,風刺動画のなかには,公的な発言権のない人々

の声が響いている場合があるようです.他方,風刺動画は問題の単純化を伴い,偏見を含む危

険性も考えられます.問題は,光と影の交錯を見据えながら,しかも,なお表現の自由を確保

するにはどうすべきか,この点を個々の局面に応じて考えることなのでしょう.では,以下で私

は,このブログに関連し,気がついた事柄と対応策を,一つの提案として,書き留めたいと思い

ます.

一般に,風刺動画は軽視されがちです.その裏返しとして,風刺動画の過剰な称揚が生じる場

合も考えられます.しかし,必要なのは,軽視と称揚のどちらかを選ぶことではないのでしょう.

風刺動画の意義について論じる際は,その否定的な側面についても配慮したいと思います.

次に,文章の主旨からいって,風刺動画や動画共有サイトの名称に言及しなくても議論が成

立することも考えられます.そのような場合は,名称を記号におきかえたいと思います.この考

え方からすれば,風刺動画へのリンクだけの投稿は成立しなくなります.

名称を記号に置き換えるのは,過剰な流行を引き起こすことへの警戒感を示すためです.ま

た,同様の理由から,短期間に集中的に,風刺動画についての議論を行うことにはできる限り

慎重でありたいと考えております.

 最後となりますが,ご多忙にもかかわらず,ご意見をご表明くださり,重要な問題に気づくきっ

かけを与えていただいた全ての皆様に感謝とお詫びの言葉を申し上げます.



付記1

・意外に思われる方もいらっしゃるかもしれませんが,この文章の出発点は,「自殺と模倣とマ

ス・メディア」(2006年10月30日),そして,この投稿で引用した次の書物です(高橋祥友『群

発自殺 流行を防ぎ、模倣を止める』中公新書、1998年)。

・また,以上の文章は,読者の皆様からの返答と私が想像したものに触発されながら,自分な

りに考えた事柄です.勝手な解釈かもしれませんので,あえてお名前をあげておりませんが,

ご要望などございましたら,メールにてご連絡ください.

・なお,文章末尾における提案は,このブログにおける対応をのべたもので,一般論ではござい

ません.読者層の限定された歴史研究における風刺の扱い方,また,子どもを対象とするテレ

ビにおける風刺動画にたいする対応など,領域に応じた基準があって当然ではないかと思われ

ます.


付記2
若干,修正した文章を再投稿しました.同時に旧稿を削除して入替えました.

そんなことをしている間に日付が変わってしまいました(残念).

付記3
発表時期がずれたため,二番煎じと思われた方もいらっしゃるかもしれませんが,名称の記号

への置き換えは,自分で考えていたものです.ある考えが,たまたま,人の意見と重なるという

ことが,時には,生じるようですね.

また,「風刺動画の光と影」を書くのには時間がかかりました.様々な事情がありますが,一つ

の理由は,自分なりの文章が書ける心境になるのを待ったということもあります(至らぬ点は

多々ありますが).迅速な対応ができなかった点,お叱りの声もあろうかと思いますが,ご理解

いただければ幸いです.

【関連文書一覧】
デジタル複製技術時代の政治家:権威性のゆくえ

風刺動画をめぐる問い

風刺画の時代 −−−漫画新聞の興隆と国際的展開

自殺と模倣とマス・メディア
[PR]
by aphorismes | 2007-04-01 00:19 | [資料集] 社会société