カテゴリ:[箴言] Aphorismes ( 41 )

辺境にて

「急変する時代とは、ふたつの文化にまたがる時代であり、相克する技術が併存するフロンティ

アのうえにある時代である。…… 今日われわれは五世紀間にわたって続いた機械装置の時代

と新しい電子時代、そして均質性の強調と同時共存性が境を接する場所に住んでいる。これ

はわれわれにとってつらい経験でもあるが、また多くの実りをもたらしてくれる経験でもあ

る。」(M.マクルーハン、森 常治訳『グーテンベルクの銀河系 活字人間の形成』みすず書房、

1986年。原書初版は1962年刊行)


付記

説明不足と思われますので、上記の文章を引用するにいたった経緯を簡単に説明させていた

だきます。この主題を選択したきっかけは、更新の数日前にまで遡ります。ある日、「異文化接

触」について考える機会がございました(詳しく覚えていませんが、とにかく、この言葉が記憶

に残っています)。その後、マクルーハンの書物を再読し、メディアの雑種化や異種交配に関

する文章が気になるようになりました*。彼に対しては様々な批判がございますし、引用した文

章は40年以上も前に書かれたものなのですが、他方では、異なるメディアの併存に関する彼

の文章を、現代において、どう捉えれば良いのだろうかと考えるようにもなりました。引用した

文章は、考察の対象と考えていただければ幸いです。特に急用などがなかったので、いつも

通り、金曜日にブログを更新いたしました。私の説明不足のため、ご迷惑をおかけした方もい

らっしゃるかもしれません。誠に申し訳ございませんでした。



*かなり文脈が異なるのですが、個人的にはこんなことを感じています。

一定の期間、小規模のブログを続けているうちに、自己流の習慣ができあがっていたようで

す。しかし、多くの方にブログを見ていただくことで、自分では意識しなかった点に気がつくと

いう経験をさせていただいています。

ただし、私自身の力不足などもあり、ご指摘をうまくいかせないことも多々ありますし、また、緊

張などで以前のようには更新できないこともあります。この数ヶ月、誤解されない文を選ぶの

は困難だと痛感しました。人によって、その日の出来事によって、受け取り方が変わってきま

す。読者が多くなればなるほど、誤解される可能性も増大するのでしょうか(個人的には、自

分の拙い説明文などない方が簡潔で好きなのですが、説明の少なさが、時に、誤解を招くこ

ともあるようです)。このような問題を意識しつつも、まだ、うまく対応することができないでいま

す。しばらく、模索の時期が続くのでしょうか。

(上記の付記ですが、投稿後、大幅な加筆や修正を行っています。 5月2日 2時30分)


付記(2007年5月3日)

同じ文でも,どの文の後に置かれるかによって読まれ方が変わります.更新の数日前から主題

を決め,いつもの曜日に更新したのですが,違う内容の方がよかったようです(これは当方の問

題です).うつ気味の人間に,自分の成功を望む余裕はございません*.


4月のアクセス数は376でした.もっとも,数字に表れない要素があり,ブログの運営は容易で

はございません.ただ,やり残したことがございますので,今しばらくは,このブログを続けてい

ければと思っています.


なお,特定のイシューをめぐって異質なものが連携することはあってもよいのではないか.

これは,漠然とではありますが,以前から考えていたことです.



注:上記の文章,全体的に何回か書き直しています.また,*の部分ですが,気分の浮き沈み

がありますので少し書き直しました(そもそも,こんなことを望むには,高度な能力が必要になり

るでしょう...)

あと,マクルーハンの本から文章を探したときは,ざっと読み直してから該当の箇所を選びまし

た(一度,お試しになれば,どのようなことを考える精神状態になるか,おわかりになると思いま

す).そして,最後になりますが,ご迷惑をおかけした方々,改めて,すみませんでした.事情を

知らず,また想像力も乏しかったようです.(2007年5月4日).
[PR]
by aphorismes | 2007-04-27 23:03 | [箴言] Aphorismes

建物のない世界にて

「仮説は,建築する前に設けられ,建物ができ上がると取り払われる足場である.足場は作業

する人になくてはならない.ただ作業する人は足場を建物だと思ってはならない.」

高橋健二編訳『ゲーテ格言集』(新潮文庫)


付記
3日程前からノートに書きとめていてそのうちにアップしようと思っていた文章ですが,

念のため,一言記します.

このブログでは様々な引用を行い,また拙い文章を掲載しておりますが,全体として,一時的な

もの,やがては取り払われる足場に過ぎません.ただしこのブログの場合,仮説を提示している

というよりも考察の対象ないし事例や手がかりの一部を記録しているといった方がよいかもしれ

ません(引用文の一部に違和感があっても,遠慮して,あえて付記を書かない場合も多々あり

ます).また,断片を少しずつ投稿するというスタイルは,森ではなく,木を提示することになりま

すが,それは誤解される危険性も孕んでいます.ただし,読者の想像力を喚起する可能性もあ

り,普段はそちらの方に期待しているのですが,ひどく誤解されるのはやはり困ります).

多様な状況にいる様々な読者の方がなされるであろう解釈を想像するのは困難ですが,

できれば大きな誤解をされないように工夫したいとも考えております.


なお,集中して仕事をしなければならない状況におかれていますので,しばらく更新が遅れる

可能性がございます(3月は部屋の整理をしようと思っていましたが,結局,その余裕もなく

時が過ぎていきます).
[PR]
by aphorismes | 2007-03-25 15:38 | [箴言] Aphorismes

詩人と歴史家

「歴史家はすでに起こったことを語り,詩人は起こる可能性のあることを語るという点に差異が

ある……詩作はむしろ普遍的なことを語り,歴史は個別的なことを語る……」

アリストテレース(松本仁助・岡道男訳)『詩学』岩波文庫


付記(3月16日)

・上記の引用は,「小説家と歴史家」(3月8日)で紹介した文章との関連で興味をもったもので

す.当方も,二分法に違和感がないわけではありません.


* * *

 この文章を読み返すうちに,詩と哲学の関係のことを思い出しました.プラトンの『国家』第10

巻では「詩人追放」が論じられました*.これと比較すると,アリストテレースは詩について考察

した哲学者といえるのでしょうか.また,現代では,詩的実践を大胆に取り入れた哲学者がいま

した.詩や文学と哲学の関係史に関するまとまった著作などがあれば読んでみたいものです.

* * *

 蛇足ですが,『弁論術』第2巻21章で格言が論じられています.アリストテレースは,

格言はかなり年配で経験のある人に向いているといいます(会話のなかで格言を引用するとい

う状況が想定されているのでしょう).また,「田舎者が特に,格言をひねり出しては,すぐ誰に

でも言って聞かせたがるのである」とも書かれています(苦笑).これはジンメルにはあてはまら

ないように思います.


*注:プラトンによる詩の批判はやや込み入っているようです.詳しく論じ始めるときりがないの

で要点のみを記しますが,ある文学研究者によると,ミメーシス的な詩に対するプラトンの議論

それ自体が詩的になされることがある.つまりプラトンの詩人批判,ミメーシス批判にはパラドッ

クスが伴っているという見方もあるようです(Melberg,Theories of Mimesis,CUP)


付記(3月18日)
3月16日のラジオ「金曜日の哲学」 テーマ Philippe Lacoue-Labarthe

・詩人のMichel Deguy、哲学者のJean-Luc Nancyらが議論に参加、詩と哲学の関係も

議論されていました。
[PR]
by aphorismes | 2007-03-14 09:35 | [箴言] Aphorismes

思い出

思い出は、転倒された期待である。

塔の頂を見上げたかのように、人は井戸の底を眺める。

Le souvenir est l'espérance renversée.

On regarde le fond du puits

comme on a regardé le sommet de la tour.

(Gustave Flaubert)
[PR]
by aphorismes | 2007-02-23 20:05 | [箴言] Aphorismes

恐れと期待

私は、自分にとって望ましいものを恐れ、恐ろしいものを望む。

Je crains ce que je veux et veux ce que je crains.

(Thomas Corneille 1625-1709)
[PR]
by aphorismes | 2007-02-17 08:57 | [箴言] Aphorismes

扉について

扉は、開かれるか、閉じられるかのいずれかでなければならない。
Il faut qu’une porte soit ouverte ou fermée.

a0049033_1722562.jpg
[PR]
by aphorismes | 2006-11-11 17:33 | [箴言] Aphorismes

ペシミズム/オプティミズム


ペシミズムとオプティミズムと呼ばれる、ありきたりで通俗的な精神状態。私の魂は、これら二

つの感情を総合し、それらを乗り越える。私は、知性によってペシミストであるが、意志に

よってオプティミストである。(グラムシ『獄中ノート』)

Ces états d’esprit communs et vulgaires qu’on appelle pessimisme et

optimisme.Mon état d’âme fait la synthèse de ces deux sentiments et les

dépasse:je suis pessimiste par l’intelligence, mais optimiste par la volonté.

(Antonio Gramsci, Lettres de prison)


付記
よく引用される、有名な一文です。その前をよむと、おなじみの弁証法的発想が前提とされて

いたのでした。むしろ、彼の境遇等を考えた時に重みの増す言葉のような気がします。

(なお、翻訳は、一般的な訳とはやや異なります)

a0049033_16372492.jpg
[PR]
by aphorismes | 2006-11-03 17:34 | [箴言] Aphorismes

友だちの友だちは友だち / Les amis de nos amis sont nos amis

スザンヌ・ヴェガの歌い方は、ルー・リードのそれに似ている、というのは昔の印象だったので

すが、最近、彼女がジョン・ケイルと一緒に仕事をしているのを発見。彼女はルー・リードとも

面識があるのでしょうか。知っている人がいたら教えてください。

Velvet Underground - John Cale - Venus in Furs (live, Later)

Hector Zazou -The Long Voyage ( Suzanne Vega, John Cale)


2007年(3月27日)
某動画共有サイトへのリンクを解除しました.
[PR]
by aphorismes | 2006-10-06 23:22 | [箴言] Aphorismes

火遊びの心得(再)

消せない火をともしてはならない。
Il ne faut pas allumer un feu que l’on ne peut pas éteindre.
Le monde
[PR]
by aphorismes | 2006-08-15 18:40 | [箴言] Aphorismes

Candideの庭についての補足

「地面も、もしも、わたくしが耕すならば、わたくしの地面になります。

事物とわたくしの関係は、あらかじめ与えられているわけではありません。

かたまっているわけではありません。

わたくしは、その関係を、一瞬一瞬に創造するのです。」

(ボーヴォワール [青柳瑞穂訳] )


付記
ボーヴォワールは、かつてCandideの言葉に疑問を喚起しました。

「わたくしの庭とは何なのでしょう」、と。

それによれば、「世界とわれわれとの関係は、初めから決定されているのではありません」。

「わたくしの庭」は本質としてあるわけではなく、一瞬一瞬に創造されていくというわけです。

「わたくしの庭」の「場所や限界を選ぶのはわたくしなのです」と彼女はいいます。

しかし、関係が変容するのは、

わたしたちの活動を制約する諸条件との絡みあいにおいてです。

また、急激な関係の変化は、何らかの軋轢を引き起こすかもしれません。

他者がその関係の変化ないし「創造」をどう評価するか、という問題もあるでしょうし。

a0049033_16165761.jpg
[PR]
by aphorismes | 2006-08-06 22:55 | [箴言] Aphorismes