林檎と地図をめぐって


冷蔵庫を開けると、先週末に買った林檎が残り少なくなっていました。もう、一週間がたつのか、と気づかさ

れます。考えてみれば四月もはや下旬、春の訪れを感じていたのはつい先日とばかり思っていたのですが、

年を重ねるにつれて時間の過ぎるのが早くなっていくような気がします。


やがては誰しもが抱くことになるこのありふれた感慨は、時間的なずれにかかわるものだと思います。何か

のきっかけで時間の経過に気がついて、時間は、時計と異なる仕方で感じられるということを、しかも幼少期

とは違った仕方で感じられるということなどを想うのです。


時間の差があるのであれば、やはり空間の相違もあるわけですが、それを気づかせるものはなんだろうか、

と考えました。その一つとして地図があります。飛行機の座席にすわっている時、目の前に地図を映し出し

て、現在地を知ることができます。出発地点から離れるにつれ、その地図を見ることが「空間的」な相違を、

さらには「時間的」な相違を感じるきっかけとなるような気がします。


ただし、地図をいつ眺めるかによって感じ方はずいぶん違うような気がします。目的地に近づいてから眺め

ると、もうこんなに移動したのかと感じることもありますが、出発して間もない頃だと、まだまだ先は長いと感

じるのです。時間的、空間的な移動というのは、「事後的」に意識する場合と移動の「渦中」に意識する場合と

では、かなり違うのではないでしょうか。
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by aphorismes | 2009-04-24 22:35
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