日記


ひさしぶりに日記をよみました。地味な装丁で、分厚い本でした。すこし、ページをめくってみ

ます。やはり、今日は何をしたとか、誰と会ったなど、細かな事柄が書かれていました。最後の

ページをみると千ページを超えていることに気がつきます。その日記の分厚さに、あらためて

私は打たれました。その日記をよんでいるとき、意識したのは書かれた内容でした。しかし、

文字を追っている間、厳めしい装丁の重厚さが文章の後景となり、読書における隠し味となっ

ていたような気もしたのです。書かれた内容は、その日その日の記録であり、断片であるわけ

ですが、本という形態からは、一体感のようなものが感じられます。辞書か何かのように、時

折、よむということも可能であったことでしょう。しかし、既に書き終えられた分厚い日記の威容

によって意気沮喪させられた私は、短い間しかその日記を読み続けることは出来ませんでし

た。その後、スクリーンの表面でブログをよむことについてぼんやりと考えます。断続的に書き

続けられていく、この未完のものについて。
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by aphorismes | 2009-02-06 20:11
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