カウンター


トン、トン、トン、と男は細い階段を下りていった。壁には色とりどりのビラが貼られていた。それ

を見て、彼が芝居や映画にいったことは無かったけれど、それらの雑多なビラたちは、ある種

の喫茶店に特有な雰囲気を醸し出していた。その喫茶店にいく時、彼は、テーブルの椅子に

座るのが常だった。


店が混んでいる時は、カウンター席に座ることもあった。しかし、若い男にとって、カウンター越

しにマスターと会話することは難しいと感じられた。カウンター席に座りながら、持参した本を

黙々と読み、コーヒーがなくなるとお店を後にする、そんなことが多かったはずである。


もちろん、慣れたお店では、カウンターで会話が弾むこともある。カウンターには数人の客が

座っている。それぞれの客はお店の人を知っているが、客同士は、直接の面識はない。しか

し、時には、カウンター越しの会話がきっかけとなって、互いに知らない者同士が言葉を交わ

すこともある。カウンター席が楽しくなるのはそんな時である。とても小さな集団、束の間に消

えていく何か。
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by aphorismes | 2008-12-14 20:32
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