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老婦人


今から自転車を渡しますから、受け取ってくださいね。

老婦人は、初対面の男にそう言いました。

しかし、老婦人は、鉄柵の向こう側。

柵の上から自転車を手渡そうというのです。


さっきまで男は、散歩をしていたところでした。

広い敷地の建物に近づいた時、声をかけられたのです。

老婦人はその建物で働いている人でした。

警備員が鍵をかけたため、自転車ごと、外に出られなくなったというのです。


男は、一瞬、戸惑いました。

しかし、こんな大騒ぎをする泥棒はいないはず。

頭上の自転車を受け取って地面におろします。

それは予想以上に重いものでした。

手を見ると、埃で真っ黒になっていました。

長い間、掃除をしていない自転車でした。


その後は、その老婦人が柵を乗り越え始めます。

見るにしのびないので、男は反対側を眺めています。


老婦人は無事に地面におりました。

その後、老婦人は、その男に話しかけはじめました。

それは鉄柵のように揺るぎない、凛とした口調でありました。
by aphorismes | 2008-09-25 19:43
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