『教育改革の幻想』

「今までの改革は、その実効性を評価することもなく、目新しさを追いかけすぎたのではな

かったのだろうか。税金によってまかなわれ、多くの人々に影響を与える公教育という社会事

業であるからこそ、実現性の乏しい理想に流されることなく、今、できていることを基礎に、少し

でもよりよくするための具体的な手だてと資源を提供する。幻想から逃れた教育改革の発想

とは、こうした当たり前の考えを出発点におくものである。

現実との対話を欠いた理想は、実現のための手段を見失うがために、容易にイデオロギー

へと転化する。イデオロギーとして、その視点から現実の教育を批判しえても、それを改善す

る手だてを具体的に示すことはできない。これでは教育の理想は、空虚なたてまえとして、現

実との乖離を押し広げるだけである。」 苅谷剛彦『教育改革の幻想』ちくま書房、2002年。


付記:

先程、テレビ・ニュースを見た後、久しぶりに手に取ったのが本書。

2002年の書物であり、「ゆとり教育」や「新しい学力観」が扱われています。

現在とは文脈が異なるのですが、引用した部分が印象に残りました(11/16)。

引用部分を追加しました。それにしても、苅谷氏の問題提起は、その後、どれくらい活かされ

ているのでしょう(11/17)。


付記(2007年4月22日)

 この土日は仕事をしていました。以下は、その合間に書いた雑感です。
 
ご存知のように、高校生全国学力テストの結果が話題になっています。ゆとり教育と学力低下

を結びつける見方を見直すべきではないか、と考える人もいるかもしれません。しかし、数値

の「解釈」については、議論が分かれるのではないでしょうか。また、これは長期的な傾向と言

えるのでしょうか。そもそも学力とは何なのでしょうか。様々な問いが浮かんできますが、少な

くとも、上記の書物が、新たな文脈で読まれることは確かでしょう。時間が必要と思われます

が、新しい章を増補した書物が出版されることを期待します。また、同じ問題を対象とした異

なる著者の書物も読みたいと思います(しかし、長期的な分析がなされる前に、改革などによ

り前提条件が変更される可能性も考えられますが)。


付記(2007年4月24日)

22日付の「付記」ではあえて言及しませんでしたが、苅谷氏は、4月14日の毎日新聞で高校

生全国学力テストについて言及されています。書き出しは、次の一文です。「今回対象となっ

た高校3年生は、新学習指導要領の実施世代であると同時に、学力低下批判から学力重視

を打ち出した「確かな学力」路線が始まった世代でもある」。 

 なお、苅谷氏は、「webちくま」において、「この国の教育にいま、起きていること」を連載されて

おられます。
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by aphorismes | 2006-11-16 23:13 | [資料集] 社会société
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