家族をめぐる問題:過渡と迷走

1980年代において落合恵美子は、家族の崩壊をめぐる議論が近代家族の変化にすぎない

と喝破しました。「『家族崩壊』の予感は、未知への旅立ちの常として確かに恐ろしいが、崩壊

するのはたかだか二百年かその半分以下の歴史しかない<近代家族>というひとつの家族

類型にすぎない」(落合、1989)。当時、このような見方は新鮮に思えたものです。彼女はま

た、近代家族の崩壊はむしろ、それからの解放であると仄めかしました。「いまや桎梏と化した

<近代家族>の崩壊ののち、『<近代家族>からの解放』を謳歌するのは、われわれ自身で

あるのかもしれない」(同上)。不安に彩られた家族の言説に希望が吹き込まれたかのようで

した。

落合論文が『現代思想』に掲載されてから約20年。

2005年に出版された書物で山田昌弘は、落合流の見解とはあえて異なる見方を提示してい

ます*。現代では、家族の迷走期が始まっているのだと。


「もちろん、落合恵美子が何度も強調するように、『家族は姿を変えて存続する。現在は、過渡

期にある』との主張も有力である……。しかし私は、それほど楽観的になれない。ウルリッヒ・

ベックは、『個人化が進行し、家族という概念枠組みで社会や人間関係を把握することは難し

くなる』と述べる。私も、現時点では、ベックと同じく、家族の迷走期が始まっていると判断す

る。迷走とは、従来の家族モデルにすがる人、新しい家族モデルを試す人、そして選択した家

族モデルの実現ができる人、できない人、そして家族自体をもちたくてももてない人が混在

する状況である。」(山田、2005、225頁。)


過渡期か迷走期か。大問題ゆえ、ここではあえて私見を述べません。時間をかけて考えてみ

たいと思っています。

*落合恵美子による、別の論文へのコメントです。

【参考文献】
上野千鶴子、1994年、『近代家族の成立と終焉』岩波書店

落合恵美子、1989年、「<近代家族>誕生と終焉─歴史社会学の眼─」『近代家族とフェミ

ニズム』 勁草書房(初出は『現代思想』第13巻第6号 1985年6月)。

─────、1996年、「近代家族をめぐる言説」井上俊他編『<家族>の社会学』岩波書店

山田昌弘、2005年、『迷走する家族』有斐閣

注:パーソンズ、マードック、アリエスらの文献は省略

付記(2007年4月29日)

参考文献リストに落合恵美子氏による論文がございますが、出版社名など欠けていた情報が

ございましたので、加筆いたしました。なお、雑誌に掲載された際の初出情報も記しておりま

すが、私が参照したのは勁草書房から出版された書物の「初出一覧」です。
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by aphorismes | 2006-11-06 17:48 | [資料集] 社会société
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