「いじめ」に対するまなざしの変遷

「『いじめ問題』は、1980年代前半までは、いじめっ子といじめられっ子、二者間の問題として

捉えられ、しばしば『いじめられっ子』の性格特性も問題視されていた。しかしおそらく森田・

清水(1986)の『いじめの四層構造論』が流通するようになってからと思われるが、いじめは

『学級の病』として捉え直されるようになり、担任教師もクラスメートも『いじめ問題』の当事者

性を付与されるようになっていく。しかも、『いじめ問題』がいじめられっ子の死(=自殺)と結び

つくことで、『いじめ問題』は、圧倒的な被害者パラダイムのもとで語られるようにな」る。

[北澤毅(2001)「少年事件における当事者問題」]


付記:カテゴリーの拡大と他の問題との接合

最近、いじめ問題が再び注目を集めていますが、上記の文章は、それに先立って発表された

もので、いじめを語る際の枠組みの変化を指摘しています(枠組みそれ自体の評価をするも

のではありません)。 安倍内閣が教育改革を主要な課題にすることを表明してから、教師の言

葉が誘発したとされるいじめと生徒の自殺という事件が表面化し、さらには、いじめを隠蔽す

る学校の体質などが 浮き彫りとなりました。発生した事件については残念というほかはなく、

繰り返されないことを 祈りたいところです。制度的な問題点の再検討が必要なのでしょうが、

現地にいって調べたわけでもないので、この点については書かないこととし、ここでは、若干、

気になる点を記します。


今回の事件における報道(の語り)では、教師によるいじめ、また、いじめを隠蔽する学校の

体質などの枠組みが用いられ、いじめ問題をめぐるカテゴリーが拡大しているように思われま

す。さらに、この一つの事件を契機として、「いじめ」と「教育改革」という国家レベルの社会問

題の接合が生じつつあることも見逃せません。


先日、安倍首相は、いじめ問題を優先的に協議するように指示しました。産経新聞によれ

ば、「50年、100年の骨組みをつくるのと同時に、短期的に解決すべき問題もある。その対応

策を考えなければならない」と述べ、教育改革の大枠づくりとは別に、いじめ問題などにも迅

速に取り組むよう求めたようです(10月25日「教育再生会議」第2回会合)。同紙は、この発言

を、「世論の関心が高いいじめ問題にまず取り組むことで、教育改革への関心を高めようとい

う考えとみられる」と分析しています。また、日本経済新聞(10月26日)は、「教育改革、成果

急ぐ」 「参院選前に具体案作り」との見出しを掲げ、「文部科学省や中央教育審議会……から

は生まれない大胆な改革案を提示できれば、安倍政権として来年の統一地方選や参院選へ

の大きなアピールになる」としています。同紙は、「改革の成果を明示して来年夏の参院選に

臨む思惑」を指摘していますが、成果を急ぐことにより更なる問題が生じないことを願いま

す。今後、「教育改革」という文脈において、「いじめ」の問題は、いかなる枠組みに変換されて

いくのか、注視したいと思います。


なお、安倍氏がいじめ問題への取り組みを求めた25日は、衆院教育基本法特別委員会で教

育基本法改正案が審議を再開した日です。新聞によって異なりますし、時期的な問題もあり

ますが、現時点では、いじめに比べて報道がやや地味な気がします。気のせいでしょうか。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20061026-00000008-san-soci
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by aphorismes | 2006-10-26 17:20 | [資料集] 社会société
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