戦争中、「美しい国」はいかなる意味で用いられたか。

「美しい國」という言葉は、戦争末期、国民学校の生徒にとって身近な言葉だったようです。

「この美しい國は、美しい、りつぱな心をもつて、東亜を、そして、世界を、美しくするために、

たたかつているのです。」(戦時児童文学小説『島の旗かぜ』巻頭)。

島にすむ四人の少年たちは報国隊をつくり、戦争のために鉄くず回収等をして努力する——

その小説の愛読者であった和田少年は、「美しい國、日本」をますます立派にし、東亜を、世

界を美しくするために働けという作者のメッセージを、「まっすぐに受け入れ」たといいます。

その頃、中国と東南アジアで日本は醜い戦争をしており、やがて「美しい國」は焦土と化すわけ

ですが、少年が事態を理解することは難しかったようです。


もちろん、首相の先の演説で用いられた「美しい国」の意味は、戦時中にこの言葉に付与され

た意味とは異なるでしょう。将来、結果として意味が重なってしまうような事態にならないこと

をここでは祈りたいと思います。

最後に、和田氏の指摘ーー過去において「隣人に与えた損害と苦痛をきっぱりと詫びるいさぎ

よさを示す」ことが「美しさ」を取り戻す道であり、だからこそ、自国民が受けた人権侵害につい

ても主張できるーーが印象深かったことを記しておきます。

参考文献
和田春樹「安倍晋三の歴史認識を問う」『世界』10月号
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by aphorismes | 2006-10-01 18:58 | [資料集] 社会société
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