ある困難さについて

[彼女] 私は全てを見たわ。全てを…。例えば病院を見たわ。それは確かよ。ヒロシマに病院

がある。どうしてそれを見ないでいられるでしょう?

[彼] 君はヒロシマで病院を見なかった。君はヒロシマで何も見なかった。


M.デュラスの小説『ヒロシマ、私の恋人』の冒頭である。平和に関する映画撮影のために来て

いるフランス人女優と日本人建築家の会話。彼に否定されたのち、彼女は平和記念資料館で

見た事柄を克明に語るが、それでも彼は「何も見なかった」と否定する。この箇所については、

『ヒロシマ、私の恋人』の筋書に説明がある。      

「人がなし得る全て、それはヒロシマを語る不可能性を語ること。」

これは被爆地から離れたフランス人作家の言葉にすぎないけれども、不可能性を語る彼女の

言葉は印象的だった。おそらくそれは、禁止を意味するものではなく、認識における困難さの

自覚に関わる言葉なのだろう。

Elle: J’ai tout vu. Tout… Ainsi l’hôpital je l’ai vu. J’en suis sûre. L’hôpital existe 

à Hiroshima. Comment aurais-je pu éviter de le voir ?

Lui: Tu n’as pas vu d’hôpital à Hiroshima. Tu n’as rien vu à Hiroshima.
                                           
Tout ce qu’on peut faire c’est de parler de l’impossibilité de parler de

HIROSHIMA. Marguerite Duras, Hiroshima mon amour, Gallimard, 1960.
                                             
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by aphorismes | 2005-10-29 21:41 | [資料集] 記憶 mémoires
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